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職人の握りたてを冷凍・解凍で再現! 冷凍握り鮨の開発事例

カウンター鮨のおいしさを冷凍・解凍技術に落とし込む


現在、私は職人が握った鮨を冷凍保存し、電子レンジを応用した解凍装置で解凍することで握りたてのおいしさを復元するプロジェクトに取り組んでいます。

開発した解凍装置で解凍した鮨は口に入れると「ネタはひんやり、シャリは人肌」になっています。
シャリの温度については、著名な鮨店であるすきやばし次郎が「シャリは人肌に限る」として握り鮨で最も重要視している要素です。
この点を実現してこそ、出前や持ち帰り鮨にはない、鮨職人が握った「カウンターの高級な鮨」のおいしさを味わうことができるのだといえます。

この記事では、冷凍握り鮨の開発工程をふり返りながら、冷凍技術を活用しこれまでにない商品を開発するプロセスや発想を解説します。

 

たまたま発見した「おいしい鮨」の解凍方法


冷凍握り鮨の開発を始めるきっかけは、日常のほんのささいな出来事でした。
仕事帰りに夕飯として鮨やその他の食べ物を買って帰ったところ、買いすぎたせいで鮨が余ってしまったのです。
職業柄なんでも冷凍してしまう私は、「鮨はレンジ解凍するとネタが煮えてしまうし、自然解凍するとシャリが老化してしまうのでだめだろうな」と思いつつ、もったいないという思いから1貫1貫をラップで包んで冷凍しました。

後日、食事をとりたくなって冷凍庫から鮨を取り出し、ものは試しと1貫につき数秒ずつレンジ加熱し、ちょうどよい状態に解凍ができるかやってみました。
一度加熱しては指で温度を確認し、数回繰り返してみると、なにやらよい状態のものができてしまいました。慎重に解凍したせいか、ネタも煮えずに済んでいます。
それを口に入れたところ、驚きました。普段買っている持ち帰りの鮨よりもずいぶんおいしく仕上がったのです。

 

「おいしさ」の背景を定量化する


「いける」と感じた私は、大学で学生たちにも協力してもらい、この事象を検証することにしました。
わたしがレンジ解凍の鮨を「おいしい」と感じたのは、口に入れた鮨がほんのり温かく、大変口当たりがよかったことです。しかし、「ほんのり温かい」という印象だけではおいしさを正確に再現することができません。

そこで、学生たちにはシャリとネタの温度をそれぞれに調整し組み合わせた鮨のバリエーションを食べてもらい、シャリ、ネタそれぞれの温度が何度のときに「おいしい」と感じる人が最も多いかを調査しました。

その結果、「おいしい」と感じられるネタの最適温度は約19~25℃、シャリの最適温度は約30~45℃という結論がでました。
これは一般的に鮨の常識といわれている「シャリは人肌」というセオリーにも合致します。
また、シャリとネタは同じ温度ではなく、シャリは温かくてもネタは冷たい状態であるほうがおいしいと感じられるということです。

 

電子レンジがおいしい鮨を再現できた理由を考える


ではなぜ、シャリとネタが一つになった状態でレンジ加熱をした冷凍鮨が「おいしい状態」、つまりシャリは人肌でネタは冷たい状態になったのでしょうか。

この点は電子レンジの加熱の仕組みを考えれば、大まかには推測することができました。

電子レンジは水分子を振動させて熱エネルギーを生成し、食品を溶かしています。そのため、一部が溶けて水分ができると、その箇所に熱が集中し加熱むらができやすい仕組みになっています。
冷凍した鮨を加熱した際に、その加熱むらがうまく働いたうえ、電子レンジのマイクロ波の方向がうまくシャリを加熱するように向いていたのだろうと考えました。

さらに後日、詳細に鮨の成分を調査したところ、新たな発見もありました。シャリにはネタよりも多くの不凍液が含まれていたため、冷凍状態の水分が多く熱が集中しやすい組成になっていたのです。

 

発見した要素を開発・実用化に落とし込む


このような推測や発見をもとに、電子レンジの原理を応用した結果、1貫ずつであればボタン一つでうまく解凍ができる電子レンジを開発することに成功しました。
しかし、1貫ずつしか解凍できないのでは、スピードが遅くお店で提供することはできません。

現在の目標は、数貫を同時に正確に解凍できる専用のレンジを開発することです。
このレンジが完成すれば、日本の職人が握った鮨を冷凍して海外に運び、現地で本格的な鮨を提供することも可能になります。空前の鮨ブームによる職人不足を解決する光明になるかもしれません。

一方、ネタのなかには冷凍・解凍に向いているものと向いていないものがあります。種類豊かな鮨を冷凍・解凍するには、一つひとつのネタについて適切な冷凍・解凍方法を見つけ出す努力も続けていかなければなりません。

実用化までにはまだ課題はありますが、これらを丁寧に検証していくことで、冷凍技術を応用した新しい商品は生まれていくのです。